本日のスープ

Various tasteful things becomes spice of life.

無事カエル。ヨミガエル。

カエルまんじゅう【名古屋名物】青柳総本家 カエルまんじゅう(6個入り) 列島縦断の仕事から帰ると、名古屋に行ってきたという友人からお土産が届いていた。
 包みを開けてみると 【名古屋名物】青柳総本家 カエルまんじゅう でした。我が家がカエル好きなのを覚えていてくださっていてのセレクトに感謝感激。ありがとうございます〜 m(_ _)m
入浴中 そのころのカジカ君はといえば、入浴中…のように見えて実は水分を補給中。カエルはこうして体の表面から水分を吸収するのであります。
 それではワタシは カエルまんじゅうのCM を鑑賞しながら糖分補給といたします。
 ( ∩_∩)_旦~~ 「ハイ、オチャ ドウゾ〜」
 ふぅ〜…。お菓子とお茶とユルい動画と可愛いペットで疲れが癒えます。



「おせん」で想うこと

Kimono姫(8(はじめましてユカタ編))  気に入って見ていたドラマである おせん が終わってしまった。
劇中の和食はもちろんのこと、骨董品や古民家(外観のロケ地は笠間の春風萬里荘)や出演者たちの和服も目にウレシかった。また作品を通して、忘れがちだった食に関わる人の存在を感じることが必要なのだと感じました。和食は特に食材そのものの味を大切にし目新しさや技巧に走ったりせず手間をかけて作り上げるものだということも再確認しました。
 そもそも食を提供する、料理するということは命の橋渡しをするということ。食するということは命をつなぐと同時に命に感謝するということ。ではないかと思います。そして命とはこの世で最も美しいものであると考えます。美しいからこそ後世に伝えていかなければならない。それが親から子へ生命をつなぐことでもあるのですが、しかしながら命そのものは儚い。儚いからこそ色々なものに形を変えて後世に伝えなければならないのです。ドラマの最終回でも語られた「味を伝えていく」ということだったり、美しい建築や自然を世界遺産として後世に残していこうとする活動だったり、美術館で芸術品を保存〜公開していることとになるわけです。
 私事ですが、食事というと職業柄どうしても外でということが多いです。仕事では図体の大きいクルマを引き連れているので暖かい出来立ての食事の為に食堂などには寄る事ができないのでコンビニの利用率が高いです。しかしどうしてもそこに並んでいるものは料理の体裁をした栄養剤にしか見えないです。(もっともその栄養のバランスこそ怪しいのだが。)体が必要な熱量は得られても、心が欲しがるような喜びは得難く思えてなかなか手が伸びません。半ば仕方なく食しても、それに関わる方々には申し訳ない気持ちですが、正直なところ喜びを感じることは無いのです。この虚しさはどこからやってくるのでしょうか。安い食材と手間を省いた努力の末に販売価格が安いのだから仕方のないことなのでしょうか。ドラマの舞台となった料亭は手間暇惜しまぬ取り組みから高級店となっていましたが、では逆に高級店と呼ばれる店が手間暇惜しまぬ取り組みをしているか、というとそうではないということを、名店名店と祭り上げられ本来の名店たる所以を忘れてしまった最近の騒動でも判ります。値段が高くても食に人の良心や美意識が存在している保証はないのです。
 一体いつからこのような美しくない世の中になってしまったのでしょう。儲けの為なら手段を選ばない資本経済が人の良心や美意識を殺いでしまう。金持ちを勝ち組と位置づけし、そうでない人間の心情を煽りつつ従順なる消費者に育て上げるためにあの手この手で攻め入ってくる。そんな資本主義への抵抗のためのテロによる無差別大量殺人は容認できませんが、なにか間違っている世の中への不快感を持つこのワタシは今の世の中には必要のない種類の人間なのかも知れないと弱気な気持ちがついつい過ります。
 そんなワタシの気持ちの慰めとなってくれるのが資本主義に染まっていない時代のモノたちです。モノに固執していると笑いぐさにされるかたも居るでしょう。しかし「楽しく・活きる」ためには必要不可欠なのです。骨董品や美術品などの一見贅沢品と言われがちなものは直接人の生命には必要ないでしょう。同じように真の名店で食事しなければいけない理由も無いでしょう。しかし、その奥に透かし見える人の良心や美意識を感じること。それを後世に繋いでいくこと。それこそが本当の目的だと思うのです。

さくら

路駐隅田川の桜箱根の帰りは東京都墨田区向島に寄り道。隅田川の桜は前日の雨風にやられてすっかり散ってしまっていました。時期が遅いのは承知の上なのですが、葉桜の新緑と薄ピンクのマッチングも好きなので、せめてこれだけでも…と思ったのですが、それも十分に見られなくて残念。でもお楽しみはもうひとつ。それは『長命寺さくら餅』。
長命寺と長命寺さくら餅目の前の墨提通りも、さくら祭り開催中は車両通行止めになるところがもう祭りはおしまい。ちょこっと止めることができました。背景にあるのは長命寺…ではなくお隣の弘福寺。
『長命寺さくら餅山本や』は、お花見時期は近くの『言問団子』とともに行列ができるのですが、さすがに今日は桜もあんなんだし、閉店間際で誰もいませんでした。
この白い薄い餅で餡を包むのが「長命寺」です。販売は6つ入り¥1,200-から。関東ではさくら餅といえばこれを指す?…かといえばワタシ栃木県人ですけども、さくら餅で連想するのは「道明寺」だったりします。でも食べるのはどちらも分け隔てなくおいしくいただきます。
さくら餅それにしても、どういうわけか齢30過ぎてから餡コ好きになりました。あんなに毛嫌いしてたのに好みって変わるもんですね。そのうち演歌も聞き出したりして。そういや「夜桜お七」はかっこいいね。あ…。

キッチンストーヴを粋に使ってみる

ヤキモチ今日は "VALOR キッチンストーヴ" の実演といきます。

スーパーで¥280くらいで売っていた網を使い、餅なんぞ焼いてみましたが、電気トースターで焼くよりもこちらのほうが焼き上がりは早いですね。「焼く」という目的には電気式よりもダイレクトなので効率はよろしいようです。キッチンストーブ2台

そして、このVALORで最もやりたかったことが、食通でも知られる著者 池波正太郎 鬼平犯科帳仕掛人・藤枝梅安 などの時代小説にも登場させる  小鍋立て です。
江戸の風情を英国生まれのVALORで楽しもうというのが、ワタシなりの流儀というかお遊び。そのための 伊賀土鍋 (小) も去年から用意しておきながら期を逃していましたけれど、やっと実現しました。

レシピはあえて紹介するほど複雑ではないです。簡単な出汁をはったところに適当に材料を煮るだけ。ルールがあるとすれば、魚貝類や肉類などのダシを出すタンパク質類と野菜を一種類づつシンプルに組み合わせるよう心掛けるのが正しい楽しみ方のようです。
今回ウチでは「鰤と白菜」にし、ポン酢で食しました。
酒を呑みながらなら、なお良かったのですが、残念ながらこの後仕事が控えていましたので、それはおあずけに。

次回の小鍋立ての組み合わせは何にしようか。また、今シーズンは何回できるか。この冬を楽しく過ごす遊びがまた増えました。

我が家の食卓から

我が家で欠かさないで愛用している醤油があります。
おとなり茨城県で造られている「紫峰醤油」。
ちなみに「紫峰」とはガマの油で有名な名峰「筑波山」を意味していますが、ワタシがカエル好きだからこれを選んだというややこしい理由ではありません。
ウチの彼女の実家で(群馬なんですが)ずっと使ってきた醤油だそうです。ワタシは彼女に教えてもらうまでこれを知りませんでした。
普通の醤油ではなく、ダシ醤油という種類です。料亭などで板前がひと手間くわえた醤油が簡単に家庭で味わえるというわけです。

片口と醤油差しこれを骨董屋で見つけた昭和初期のガラス製の醤油差しに入れて使っています。
これが注ぎ口が詰まる事もなく、あのイヤ〜な尻回りをして漏らすこともなく、実に切れの良い使い心地です。

背後の陶器は「片口」。
今では「計量カップ」にあたるポジションでしょうか。かしこまらない席では酒を注ぐのにも使うらしいです。
昔は酒や醤油は一升瓶など大きい規格しかありませんでしたから、あの大きな瓶からこの小さな醤油差し等に直接には移し辛く、「片口」に一旦移してから…、という手順を踏んでいました。それも面倒なので、あの「ドクター中松」が少年時代に「醤油チュルチュル」というものを発明したという話は有名ですね。それが灯油ポンプの原型とも、似た別の物だったとも言われてちょっとした論争もありますが。

閑話休題。

今でこそペットボトルなどの小分けで醤油が買える時代なので「片口」の出番は本来の用途を離れ、口付きなのがデザイン的に面白いので普段使いの食器として使うファンも多いようです。ワタシも骨董市などで小振りなものを見つけるとついつい触手が伸びてしまいます。
こうした実用的な生活道具を骨董市などで見つけるのを一度覚えると楽しいものです。骨董品と聞いて縁がないものと思ってしまっている方は気楽に骨董市や骨董屋に足を運んではいかがでしょうか。

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1969
Austin
Mini Countryman Mk-II

`97に英国より輸入し登録、以来所持続けている我が愛車。これが手持ちで一番のお気に入りの『古道具』である。ただいまいくつかの課題をこなしながら何度目かのリフレッシュ中。2009年より”モーリス・トラヴェラー”仕様にして楽しんでおります。

 
1986
RENAULT
4 GTL

`06年4月に購入。使い古しが似合うブルージーンズのような『古道具』。`08年5月までリフレッシュ中のカントリーマンの代役を務めてくれました。また乗りたいクルマ。

 
1996
FIAT
Panda CLX

D車を新車で購入した妻と一緒にこちらにやってきました。当時は旧車ではありませんでしたが古道具を経てそろそろそう呼べる域には達しているかも。高年式さ故にミニのバックアップ的存在でしたが積載能力を求めた結果、`11年6月にルノー・エクスプレスにその役をバトンタッチしました。機会があれば今度は Panda 45 を手に入れたいです。


1990
RENAULT
express GTD

`11年6月に購入。道具を積んで移動するための『古道具』。カントリーマン以上の活躍をする場面もありながらトラブルという名のイベントを発生させることも得意の様子。


1974
DAIHATSU
Solex 5000

前輪駆動によるモペッド。`04に購入。本国フランス仕様とはちょっと異なるコンパクトな日本仕様。気軽に遊ぶ『古道具』であるが、登場機会は全くと言っていいほど無い。

FullSizeRender
2010
ABARTH
500 esseesse

旧車予備軍になる得ると予感して購入。なんて、本当はエアコンが効いて走ることが楽しそうなのが欲しかっただけ?。とりあえずカントリーマン不在の心の穴を埋めてくれています。


1971
Sabotage-soup
Suze(管理人)

「古道具や旧車など古いものを活かして生きる」をコンセプトとしてサボタージュ・スープと名付けて活動していますスーズと名乗る者です。日替りのチープシックだけど味わい深いごった煮をどうぞご賞味あれ。
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