本日のスープ

Various tasteful things becomes spice of life.

「おせん」で想うこと

Kimono姫(8(はじめましてユカタ編))  気に入って見ていたドラマである おせん が終わってしまった。
劇中の和食はもちろんのこと、骨董品や古民家(外観のロケ地は笠間の春風萬里荘)や出演者たちの和服も目にウレシかった。また作品を通して、忘れがちだった食に関わる人の存在を感じることが必要なのだと感じました。和食は特に食材そのものの味を大切にし目新しさや技巧に走ったりせず手間をかけて作り上げるものだということも再確認しました。
 そもそも食を提供する、料理するということは命の橋渡しをするということ。食するということは命をつなぐと同時に命に感謝するということ。ではないかと思います。そして命とはこの世で最も美しいものであると考えます。美しいからこそ後世に伝えていかなければならない。それが親から子へ生命をつなぐことでもあるのですが、しかしながら命そのものは儚い。儚いからこそ色々なものに形を変えて後世に伝えなければならないのです。ドラマの最終回でも語られた「味を伝えていく」ということだったり、美しい建築や自然を世界遺産として後世に残していこうとする活動だったり、美術館で芸術品を保存〜公開していることとになるわけです。
 私事ですが、食事というと職業柄どうしても外でということが多いです。仕事では図体の大きいクルマを引き連れているので暖かい出来立ての食事の為に食堂などには寄る事ができないのでコンビニの利用率が高いです。しかしどうしてもそこに並んでいるものは料理の体裁をした栄養剤にしか見えないです。(もっともその栄養のバランスこそ怪しいのだが。)体が必要な熱量は得られても、心が欲しがるような喜びは得難く思えてなかなか手が伸びません。半ば仕方なく食しても、それに関わる方々には申し訳ない気持ちですが、正直なところ喜びを感じることは無いのです。この虚しさはどこからやってくるのでしょうか。安い食材と手間を省いた努力の末に販売価格が安いのだから仕方のないことなのでしょうか。ドラマの舞台となった料亭は手間暇惜しまぬ取り組みから高級店となっていましたが、では逆に高級店と呼ばれる店が手間暇惜しまぬ取り組みをしているか、というとそうではないということを、名店名店と祭り上げられ本来の名店たる所以を忘れてしまった最近の騒動でも判ります。値段が高くても食に人の良心や美意識が存在している保証はないのです。
 一体いつからこのような美しくない世の中になってしまったのでしょう。儲けの為なら手段を選ばない資本経済が人の良心や美意識を殺いでしまう。金持ちを勝ち組と位置づけし、そうでない人間の心情を煽りつつ従順なる消費者に育て上げるためにあの手この手で攻め入ってくる。そんな資本主義への抵抗のためのテロによる無差別大量殺人は容認できませんが、なにか間違っている世の中への不快感を持つこのワタシは今の世の中には必要のない種類の人間なのかも知れないと弱気な気持ちがついつい過ります。
 そんなワタシの気持ちの慰めとなってくれるのが資本主義に染まっていない時代のモノたちです。モノに固執していると笑いぐさにされるかたも居るでしょう。しかし「楽しく・活きる」ためには必要不可欠なのです。骨董品や美術品などの一見贅沢品と言われがちなものは直接人の生命には必要ないでしょう。同じように真の名店で食事しなければいけない理由も無いでしょう。しかし、その奥に透かし見える人の良心や美意識を感じること。それを後世に繋いでいくこと。それこそが本当の目的だと思うのです。

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Comment

まち | 2008年06月28日 20:30
あ、Suzeさんもみていましたか。
着物や小道具目当てで観始めましたが、
舞台もお話も、キャストも皆いいドラマで、終ってしまったのが残念です。

毎回毎回、所作やことばのひとつひとつが響いてきましたが、
特に先々週の回、ヤマジョウの主人の
「ちくしょう、何でこんなにうまいもんを皆食ってくれないんだよぅ」
という台詞、今の世の中の不自然を重ねて考えさせられてしまいました。
バターとか、小麦とか…なくなってから如何こう言ったって遅いのに。

お米も納豆も牛乳も、基本的に偏食もなく、いつも何となく食していますけど、
こと最近は、基本に立ち返る努力をしています。出来ることだけ。
今は、美味しい御飯の炊き方について試行しています。
お米の洗い方、給水の法則なんかで、ゴハンの味ってすごく変りましたよ。
おとついのがベストでした(笑)。美味しかったー。
Suze | 2008年06月28日 21:58
 そぅそぅ。けっして贅沢しなくったて食を楽しむことはできるんですよ。 工夫や手間で楽しむ。そして楽しんでもらえる。生きる喜びを分かち合う。食とはシンプルなものです。儲けやステイタスのためにあるのでは無いのです。
 全てにおいてそのものの価値を理解すること。価値に見合った対価を支払うこと。そして、足ることを知ること。別に難しいことじゃないんですけどね。

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1969
Austin
Mini Countryman Mk-II

`97に英国より輸入し登録、以来所持続けている我が愛車。これが手持ちで一番のお気に入りの『古道具』である。ただいまいくつかの課題をこなしながら何度目かのリフレッシュ中。2009年より”モーリス・トラヴェラー”仕様にして楽しんでおります。

 
1986
RENAULT
4 GTL

`06年4月に購入。使い古しが似合うブルージーンズのような『古道具』。`08年5月までリフレッシュ中のカントリーマンの代役を務めてくれました。また乗りたいクルマ。

 
1996
FIAT
Panda CLX

D車を新車で購入した妻と一緒にこちらにやってきました。当時は旧車ではありませんでしたが古道具を経てそろそろそう呼べる域には達しているかも。高年式さ故にミニのバックアップ的存在でしたが積載能力を求めた結果、`11年6月にルノー・エクスプレスにその役をバトンタッチしました。機会があれば今度は Panda 45 を手に入れたいです。


1990
RENAULT
express GTD

`11年6月に購入。道具を積んで移動するための『古道具』。カントリーマン以上の活躍をする場面もありながらトラブルという名のイベントを発生させることも得意の様子。


1974
DAIHATSU
Solex 5000

前輪駆動によるモペッド。`04に購入。本国フランス仕様とはちょっと異なるコンパクトな日本仕様。気軽に遊ぶ『古道具』であるが、登場機会は全くと言っていいほど無い。

FullSizeRender
2010
ABARTH
500 esseesse

旧車予備軍になる得ると予感して購入。なんて、本当はエアコンが効いて走ることが楽しそうなのが欲しかっただけ?。とりあえずカントリーマン不在の心の穴を埋めてくれています。


1971
Sabotage-soup
Suze(管理人)

「古道具や旧車など古いものを活かして生きる」をコンセプトとしてサボタージュ・スープと名付けて活動していますスーズと名乗る者です。日替りのチープシックだけど味わい深いごった煮をどうぞご賞味あれ。
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